2011/10/20

伴瀬朝彦インタビュー 第一話








チェンバーアナホールトリニティ「CAT」発売記念
伴瀬朝彦インタビュー
遠藤里美さん、河合一尊さんと活動を重ねてきたチェンバーアナホールトリニティでアルバム「CAT」を発表、とんちのキーマンとして活躍する伴瀬朝彦さんにお話をうかがいました。インタビューが長くなり三回にわたる運びとなりましたが、全回が繋がるような流れになっていると思いますので是非通して読んでいただきたいです。ばんせ氏、こちらの記事では二回目のインタビューになりますが、今回はちゃんとした音楽の話です。おそらく!(9月末都内某所にて)



「CAT」のこと、チェンバーのこと

ーよろしくお願いいたします。まずこの「CAT」、ジャケットから大好評ですね。

「泥笛」に続き、島田陽介さんにやってもらいました。大学時代の同級生で某広告会社に勤務してまして。もともとてっちゃん(倉林哲也)の「茶虎食堂」の装丁を島ちゃんがしてて(イラストは黒岡まさひろ)。島ちゃんの作品はセンスがあって上品で、それでいてパワーのある作品を作る人だなと思ってたので、頼みました。「CAT」に関しては最初にぼんやりしたイメージを伝えるだけで、あとはそれを汲み取って仕上げてもらってて、ほぼ島ちゃんの作品といえます。


ー最初にどんなイメージを伝えたんですか?

チェンバーアナホールトリニティ略してCATってことで、猫のロゴを作ってもらいたいというのと、泥笛の時は比較的人間臭いイメージだったんだけど今回は室内楽ってこともあって、なんとなく風景を思い浮かべるようなイメージ。あと色でいうと淡い感じ、というのだけ。島ちゃんは数パターン用意してくれて、選ぶのも楽しかった。ほんとに親身にやってくれるから信頼もできる。


ーCATのためにフォントを作ってくれたとか。

曲のタイトルのフォントは島ちゃんが使っている英字のタイプライターの文字を自分で、どうやったかわかんないけど、組み替えて、ひらがなと漢字を作り上げると言う手法で。どうやって作ったか作業内容は全然わからないんですが、えらく時間がかかるというのだけはわかって。自分がこうしたらいいと思ったらやるっていうのがすごいなって思う。ありがたいです。



ーアナホールクラブバンド名義で「泥笛」を出したのが今年の4月で、「CAT」はそこから約五ヶ月でのリリースになりますが、経緯なんかをきかせていただけたら。

泥笛を作っている段階からアナホールとチェンバーは平行してやってたんだけど、むしろ三人(チェンバー)の音源を作りたいというのがあって。チェンバー始めた当初からこっちのほうがカタチにしたい欲はあったけど、でも泥笛つくるのが先だろうと。
それに最近(アナホールではなく)伴瀬朝彦名義で活動してるというのもあって、チェンバーで音源出しておくチャンスがあるうちにと思って。

ーチェンバーでやってきて一年ちょっとくらいですか、ライブを重ねてきて、音源を作るにはよいタイミングだったんじゃないでしょうか。

結果的にはね。六月くらいから録音始めたけど、年明けの時点でもう作ろうとは言ってたんだよね。えんちゃん(遠藤里美)もこの三人で創作がしたがっていて。たぶんね。

ーたぶん(笑)。そうでしょう。

ミックスをやってみたいとも言ってたし。

ーそう、えんちゃんがミックスしたんですよね。えんちゃんはそうゆうの個人でずっとやってたのかな?

それは本人にきいてみないとわかんない。どうなんだろうな。



というわけで、遠藤里美さんご本人にうかがいました!


ー今回すべて一人でミックスをしたということですが、今までにやっていたことはありましたか?

【遠藤】それが、、、ほぼ無いですね。日常的に曲作りや録音をしているということもないですし。
でも前から興味はあって、失礼な話、チェンバーでミックスをやってみるのが最初のとっかかりとしてはちょうどいいかなと思ったのもありました。曲もわかっているし、編成もシンプルだし。
結果的には本当にいい経験になりました。


ーCATでミックスをやってみてどうでしたか?

まず、ライブをしててもよく言われるんですが、3人のバランスが絶妙というか。自分で言っちゃいますけど。
出るところ、抜けるところなど、3人の意思の疎通が普段からできてたので、とにかく自分の中で迷いがないミックスでした。
音作りも迷わなかったです。二人からもあまりクレームも来なかったし。
ただ、時間はいくらあっても足りないですな。


ーききどころなどを教えてください。

やっぱり、伴瀬氏の歌と歌詞ですね。
伴瀬さんの声のセクシーな部分を引き出したつもりです。
あと、ライブだとどうしても完全に歌詞を聞き取ることって難しいですから。
イッソンさんのギターは全部ですね。意外と暴力的なことをやってますよー。
それと、イッソンギターで言うと録音ならではのパンふりですね。ホワワワーンと左右に移動したり、気持ちのよい音になっていると思います。
全体的に優しい音になってますので、真剣に聞くもよし、お昼寝しながら聞いてもよし、と思ってます。



(いいお話がきけた、、、!伴瀬氏に戻ります)

ーミックスは全部えんちゃんひとりでやったんですよね。たいしたもんだ、、、。

たいしたもんだ。録り方自体はそんなに考えてなくて、チェンバーだし家でとるのが自然かと思って、全部えんちゃんちのトイレでとった。
しょんべんしたくなったら一回マイクを外に出さなきゃいけない。
エレキとサックスはスタジオでとったりいっそん(河合一尊)が自宅でとったり。

ー「又八」さんも参加してますね。コーラスはどこに、、、

ハングリーハングリーとか。ききとれないと思うよいっそんの声がでかいから。あと口笛。又八は不安がってたけど。こんな不安定な口笛が全編に入っていいのか?って。

ーそれがよかったんですよね?

そう。これがいいって言ってむりやり。二重に重ねて。

ーてかこれクレジット「又八」でよかったんですか

そこで又八ってつけたんだよね。Alfred Beach Sandalをここで出す必要もないだろうと

ーそんなルーツがあったんだ又八って、、、!

適当に又八にすっかって。あのアルバムはジャックおじさんとか架空のいきものがいたりするからビーサンより又八のほうが新鮮かなって。

ーなるほど。ファンタジーがつながっていくみたいな
そう。あとづけね。

ーじゃあこのアルバムの録音は4人で、、、4人っていっていいのかな(笑)

又八はよく”いた”から。見守りだね。

ーよく仕上がって、、間に合ったなあと。(九月のツアーに間に合うように完成させた)

えんちゃんがいろいろあって一番忙しい時に、がんばってくれたから。パソコン実家に持ち帰って作業してくれたのが大きかったな。

ー音きれいですよね。チェンバー(室内楽)っぽい、近くて良い音がする。

録り音がしっかりしてたから。あとはダブジャズのターくんに外向けに(マスタリング)してもらった。

ーえんちゃんといっそんさんのことをききたいです。

三人でやるときはほんとに「決めなくていい」っていう自由度があって。アナホールの時は、、、(カッチリ決めなきゃいけない、)メンバー多くなれば決めごとって多くなるの当たり前なんだけど、この三人だとほぼ指定する箇所がない。ここ抜けて、くらいだね。たまにフレーズ指定したりはするけど、細かいことで言うことはない。ここだけっていうのを最初に言うけど、あとはきいてまかせる

ーそうだったんだ。すごいね。

いっそんなんかは時間が経つ程にかたまってって良いことになるプレイヤーだから。最初結構何もやらないことが多い、ギターが一音ぽわ〜んて鳴ってるだけとか(笑)けど回数重ねるとどんどん決まってくる。時間はちょっとかかるけど長い目でみるとほんとによくなる。
えんちゃんはその場ですぐできちゃう子だから。曲をきいてちゃんと入り込む人だし。一尊もえんちゃんもどっちも前に出ないプレイヤーだけど、三人だと間が結構あくから出ざるをえない。えんちゃんはもともとがセンスいいから。邪魔だってときは、もー、ナイね。

ーすごいなあ。足りないと言うこともない?

足りないことはあるよ。ここはガーっときてもらってガーっと、みたいなこというんだけど(笑)「ここはイラナイんじゃない?」とか言ってきたりするね。
三人でやってるときは俺も二人のききたいから自分はあんまり弾かないようになる。
まあ、うたってるとあんまり弾けないんだけど。もともとが。

ーそうなんだ?

うたいながらだと思いついたフレーズとか全然弾けない。すごい練習をすればできるんだろうけどそんな練習とかしたくないから、自分のギターフレーズの。

ー(笑)

うたをちゃんと聴こえるようにしたいから。
俺がサポートでやってるようなギターを自分メインの音楽でやったらぶつかるのよ多分。サポートしててもそう思われてるかもしんないけど、、、それだったら、、駄目だね(笑)。気をつけてるけど攻撃性が強い部分があるから。「あー、、、」って思う箇所があるだろうね王舟にしてもビーサンにしても。

ー(笑)それが気にいってばんせを入れてるんじゃないの!?彼ら。

いやでも度合いがあるじゃない。そこらへんのしのぎあいですよ。やってみる、みたいな。

ーでも出していっちゃうんだ。

出さないとわかんないからね、どこが嫌なのか。そこは絶対出すべきだと思って敢えてやってる。言われたら下げるというやり方をしてる。そうじゃないとね、面白くないから。


サポートのこと、自分の音楽のこと


ーもともと伴瀬さんはアナホールあり、ホライズン山下宅配便、片想いなど複数の所属で活躍されてるわけですが、、、最近はAlfred Beach Sandalさん、王舟さん、mmmさん、松倉如子さんなどのサポートで活動の幅がさらに広がりましたね。

広がりましたね。さっきのにつながるけど、その人たちとやることで自分のやりたいプレイをできてるので、そのぶん自分メインの時に弾かなくて済むという利点が。

ー発散ができてるんだ(笑)

発散できてる。何もやってない状態だと俺こんなギターじゃないのにと思っちゃうかもしれないから。

ーほかのとこでいろいろ表現できてるから自分の時に焦らず済むというわけですね。そうするとソロとかチェンバーでやってる一番音楽的にやりたいところと、ギタープレイは別だと。

そうだね。で、自分がメインでやってることが一番音楽的にやりたいことかっつったらそうでもない。いろんな要素が分散してるかんじよ。全部まとめるとどうしようもない。分散してるのがいいんじゃないかと。

ーじゃあ自分メインの音楽っていうのは、、、どうゆう位置なんでしょうね?

こうゆう音楽がやりたい、っていう「点」があるんじゃなくて、要素だね。「要素」が好きなの。こうゆうもの、というよりは。出来上がったものよりも。
要素をつきつめてるだけで満足感ある。たとえばこのフレーズだけが弾きたい、とか。

ー それじゃ一曲とかにするのって、、、

一曲っていうのはまだそんなにでかくないの。それくらいはまだイメージできる。「こうゆう音楽がやりたい」っていうようなものになると興味ない。

ー初めてそんな話しきいたなあ。

その結果が今のスタイルになってるわけだよね。

ーふーむ。でもたとえばチェンバーの八曲だけ聴いたひとは、こうゆうのが伴瀬さんの曲だーってなるじゃない?

それは意図的にやってるわけだね。

ーそうなんだ!

チェンバーっぽいかを自分の中で判断してるフシはあるよね。そこでホライズンみたいな曲は書かないし。

ーホライズンは別格でホライズンぽい曲を書くというイメージなのかなと思ってたけど。自分の曲も自分の曲っぽくというアタマで?

それはあるね。アナホールっぽい曲を書く。

ーへえー。アナホールっぽいってなんなんでしょうねそれで結局、、、

それは、説明できないけど、外れたらわかる。

ーへえー。いつからあるんですかそうゆう感覚。

アナホールをね、始めたくらいから、あるよ。その幅とかは移動してるだろうけど。もともとそうゆうことでホライズンとアナホールに別れたからね。(ホライズン/アナホールの経緯、詳しくは次回に)


ーホライズンと別れたらこういう音楽にくるんか、、、という、、、

別れた事実はでかいからね、ホライズンと違うものをゼッタイやんなきゃいけない。


ーは〜、、、「課してる」音楽なんですね、、、

そうゆうのが好きだからね。


ーそうゆうのきくと変質的な感じがするなあ。

そうかな。まあなんとなくだからね。無意識にそうなってるだけで日頃から意識してるようなことではない。今は馴れたから無意識にやってる。


ー馴れたから、、、。

言葉とかでもこっから先は違うだろってのもあるから。


ばんせのコトバ

ー言葉の話もしたいですねちょっと。歌詞のことですが。「ワンフレーム」を聴いたときモチーフがキャッチーというか、アナホールの曲のなかでは新鮮に感じたんですけど、こうやって歌詞カードをみるとカタカナ遣いとかでやっぱりばんせ節が出てるんですね。

カタカナにすることによって抽象化をするっていうのはずっとやってる。限定させないような。
そうゆうのは常にやってますね。

ー歌詞を改めてみると、読まないと、聴いただけではわからないカラクリみたいなのありますね。

駄洒落好きだから。意味があることをあえて擬音化したりね。もともとの意味があるから自然と伝わってきそうだし。

ーそこまで意味とか理由とかない言葉を美しくコーラスしたりしますよね。

コーラスは熱い言葉を三部とかでやるとうるさいのよ。
意味のない言葉をさらっとやるのがよい。

ー「ジャックおじさん」とか「彼の事情」の彼とかはモデルがいそうだけど。

モデルはいない。なるたけ現実の人は登場させたくない。造り上げる。
誰かをモチーフにはしたくない。

ー 「彼」から「あんた」になるとか、一曲のなかで視点の移り変わりとかもありますね。

誰が言ってんのかってはなしだからね。俺が言ってるんじゃないふうにしたい。
最近はそうゆう傾向にある。自分じゃない誰かが言った方がうたいやすい。

ーふむふむ。「ネジダンス」の歌詞いいですよね。個人的に気に入ってます。

これも言うと、国語の教科書でボンボン時計の中から赤と青のこびとが出てきて夜中誰もいない間に遊ぶってはなしがあったけど、たぶんそれがモチーフ。

ーへー。『まわるテーブル』ってのはレコード?

かなーってくらい。
こうゆう(その場にあった)テーブルだっていいんだから。

ー言い方変えて表現してるってんでもなくて、特に明確ではないかんじ?作りたいのは物語みたいなものなのかな?

そうかもね。言い回しとかも常日頃から意識して使ってる。

ー日本語の歌詞を凝って考えるのはきらいじゃない?

好き。英語のうたとかうたいたいんだけど、表現力が乏しくなるかも。
あんまりぐっとこないかもしれない。

ー言葉を伝ようって感覚はあるんですね。

うたってる最中に自分で歌詞の意味がわかるって時があって。そうゆう時はいいライブだったりするな。




ばんせの職人的な部分が垣間見えてきましたところで、次はばんせヒストリーなど。
次回「焼酎もう一杯」、お待ちください!






伴瀬朝彦インタビュー 第二話


人に歴史あり。伴瀬さんの音楽遍歴を、途中喫茶店から酒席に変えて、うかがいました。
やっぱコーヒーより酒です。





ばんせの歴史をぼつぼつと

ー最初の楽器はピアノでしたよね。

ピアノを始めたのが保育園のとき。その前から兄と姉が習ってて練習をきいてた。小六まで。中学はいって転校したのもあってやめた。
兄姉のやってるのを聴いてたせいかその時から耳コピはできてた。

ーそのころから勘があったんですね。中学は?

中学校では何もやってない。野球やってた。
そのへんで流れてるポップソングとかはピアノと全く別のもんだと思ってた。

ー音楽として直結しなかったんだ。で、高校生になり。

高校はいってハードロック時代に入ります(※注)。
文化祭でBOOWYのコピーやるからボーカルやれって言われてやって。ほいほい言う性格だから。
そのあと田中恭平に会って、ビートルズのコピーやらないかって誘われたのが高三。ビートルズは聴いてて好きだったから。

ー何で参加したの?

ポール。

ー「ポール」で(笑)

みんな役があてがわれ。
ドラムのやつがジョンに似てたの。眼鏡もジョンレノンモデルにしてて。

ージョンがリンゴを。わかりづらいね。

わかりづらい。リーゼンツという名前で。リーゼントなんかいないけど。

ーというとピアノの次はベース。

なんとなくアコギも教わってたけど中途半端だったね。ベースもそのビートルズが弾けるくらいで。

ーそうか。文化祭でやるとか意外と普通だね、いいね。

普通かな。ギターを弾き出したのは大学に入った時ですね。俺が入ろうとしたサークルに入ろうとしていた黒岡に出逢う。新歓で先輩からギターとりあげてうたっててけったいなやついるなあと。そのサークルには二人とも入らなかったけど。このサークルおもしろくないねと気が合って。
聴いてる音楽も結構かぶってて、じゃあ一緒に曲を作りますか!と。

ーそれで曲作るんだ。展開はやいね

創作意欲がお互いあったんだよね。
それまで曲とかつくってなかった。はじめはほぼふたりで作ってて、初めは黒岡のほうがギターうまかったからね。

ーで、四年間ずっとそんなかんじで?

大学三年くらいのときは俺がバイトと酒ばっかで退廃してた時期で、そんときはさすがに黒岡も近づかなくなった(笑)
その退廃時期にライダーキックを始めて結構活動してた。



■ライダーキックからのざっとした歴史■

ライダーキック【伴瀬、田中恭平、ほかメンバー変動で3人or4人のメンバーで活動】
 →倉林哲也加入(ドラム)

活動に行き詰まり、話し合い
 →黒岡まさひろ加入(ボーカル)

活動に行き詰まり、話し合い
  →ライダーキックを解体、ふたつのバンドが誕生
ホライズン山下宅配便【黒岡、伴瀬、田中、倉林】
アナホールクラブバンド【伴瀬、田中、倉林】
 アナ「ホール in One」「はたけるたいぐん」

 →アナホールに河合一尊が参加(ギター)

活動に行き詰まり、話し合い
 →田中がホライズン練習中にスタジオで寝ていたので脱退。
 →ホライズンに一尊加入(ベース)【黒岡、伴瀬、倉林、一尊】
 ホラ「とべばいいんですよとべばぴょんぴょんぴょんぴょん」


片想いとの出逢い。伴瀬ギターで加入(のちベース)

 →ホライズンを倉林と一尊が休止/黒岡と伴瀬の二人ホライズン時代が始まる
 ホラ「割れ割れみなかーにばる」

 →ホライズンにMC.sirafuいっしーが参加。オーボエなども入っていた。
  片岡シン黒岡の替え玉 としてニセホライズンなども。

 →アナホールにシラフ参加 「ライブ」【伴瀬、田中、シラフ】
 →アナホールにいっしーも参加 「ホノボノサイケリング」【伴瀬、田中、シラフ、いっしー】
 →その後大河原倉林など変動メンバーで活動
 
アナホール再編成【伴瀬、一尊、遠藤、白鳥、一楽】(「泥笛」レコーディングメンバー)
 →一尊、遠藤とチェンバーアナホールトリニティを同時進行

 →ホライズンに倉林と一尊が帰って来る。【黒岡、伴瀬、倉林、一尊】
4人のホライズン復活(現在に至る)
アナホールクラブバンド一旦休止(現在に至る)



ーなんですかね、この度重なる「話し合い」って、、、(笑)複雑なのでこれだけ押さえとけばいいでしょう。伴瀬さんのルーツとかききたいですね。

さっきも話したけどパーツで取り入れるから大まかなルーツなんてないんだよね。ちっちゃな要素を取り入れてあとは自分の中でどう解釈してるかだね。

ー好きな音楽家は?

それきかれたらトム・ウェイツって答えてる。トム・ウェイツとビートルズは音楽的指針とはなってる。曲にもよるけどトムウェイツだったらどうするかな、ビートルズだったらどうするかなみたいなことは考えたりする。単純に言っちゃうとホライズンはビートルズ意識してアナホールではトムウェイツ意識してってのがあるかも。
アナホールを始めたころは高田渡とか日本のフォークを聴いたりしてた。聴くようにしてたというか。言っちゃうとまあ、やんなきゃいけないみたいなカンジ、そうゆう音楽を。

ーやんなきゃいけない?それなんでだろ。

やりたかったんだけど、ちょっとやんなきゃいけないみたいな要素もあったってこと。

ーまわりの雰囲気が?

いや、自分の中で。

ーなんだろうね。へんな使命みたいなのあったの?

使命感があった。ホライズンと別れたからには純粋なちゃんとしたうたを作らなきゃいけないみたいな。

ーそうゆうとこでフォーク。そのわりには一枚目(アナファースト「ホール in One」)ってそうゆうかんじでもないね。

まあ、結局出たらね。意図してるものがちゃんと全部出せる人じゃないから。

ー 一枚目は田中恭平くんと一緒に作ったかんじ?

ほぼ俺の曲だけど、あれは意外と好き勝手にやったほうだね。はたける(アナセカンド「はたけるたいぐん」)のほうがフォーク色強い。そうゆう曲作らないと駄目だろうなって作った。

ー「だめだろうな」ってなんなんでしょうねソレ。

だめだろうなって言い方がよくないね。あるもんだろ、そうゆう曲が、ひとつくらい、っていう。

ーなんだろうねその漠然とした決めつけみたいなの(笑)アナホールやるって言って一気に曲作ったの?

ホライズンでも作ってたけど、ちゃんと責任を持って作るようになったかな。自分のうたを作るって責任感。別れた時はいっぱい作りたくてしょうがなかった。

ーそこでこそ自由度があったはずなのに、、、これやんなきゃみたいなのがあったんだね。

自由はきびしいですよ。

ー自由度があると逆にきつい?

きつい。みんなそうだと思うけど、指定されてそこを突き破った方が楽しい。自由だとつきやぶれないじゃんどこも。


ルーツ話に戻り、好きな音楽などなど


ーナルホドね、、、。ビートルズは小さいころから聴いてた?

中学から。友達がレコードで全部持ってて、アナログ12枚分を気に入った曲だけテープにダビングさせてもらって。自分のベスト盤を作った結果になったんだけど、それがあとでききかえしてみるとマニアックな曲ばっかりで。「because」「i want you」とかクラーイ曲ばっかで、初期の方はほぼスルーしてんの。

ー中学生ってそんなんじゃないじゃん(笑)

始まりの10秒くらいで決めてたね。12枚の最後のほうとか「あーこれでいいや」みたいになっちゃったけど(笑)

ーはっ、、、!さっき高校はハードロック時代とか言って、ハードロックの話し全然なかった、、、。(※注のところ)

はしょっちゃったね。

ーハードロックは、エアロスミスからですか。

CMで聴いて知って、初めて自分で探したCDですね、「Eat the Rich」。そこから色々聴くようになって、エアロスミスに関しては兄ちゃんが俺の後追いしたとき「勝った!」と思った。
ハードロック時代とか言ったってちゃんと聴いてたのガンズアンドローゼスくらいだよね。あとはヴァンヘイレンとかハロウィンとか。メタリカとはラインをひいた感がある、、、。高三くらいでハードロック熱はおさまった。

ー戻って、トムウェイツはいつから?

大学入ってから。ブルースとかを聴くようになったのも大学からなの。ハードロック時代が終わって今度はそのルーツを辿るようになる。ローリングストーンズはすごい有名じゃん。チェックがてらベスト盤買ったんだけど、なんかのきっかけで聴いた初期の音源が全然違う人かというほどで、斬新にきこえて、よかったの。それでロックンロール時代が始まる。そこらへんの聴いてビートルズ聴いてそこらへんのきいてビートルズきいて、、、。で、その前はどうなんだ、ってことになってブルースを聴くようになった。ブルースはジャケ買いしてた。「このおっさん臭そうだなー」つって

ーブルースは何から入ったの?

ロバートジョンソンてのが伝説の人で有名なんだけど、音源がひとつしかないの二枚組の。1930年代くらいの人で。謎が多くてよくわかってないんだけど、数々のロックスターが神様って言ってるから、その栄光で聴くわけよみんな。ちゃんと良さがわかってる人ってどたけいいんのかなと思うけど。俺もよくわかってない。(録音が悪くて)聴き取れないんだもん。でもエリッククラプトンて有名なギタリストがいるでしょ。スターの。スターのエリックさんが賞賛してるから、それならすごいんだろうってことになってるね。

(知識のないインタビュアーのためにわかりやすく話していただいてます)

ー好きなのは誰?

マディウォーターズって人とハウリンウルフって人が好きだね。ブルースに関しては雰囲気だね。ブルースはほんとに日々だからなあ。



★★★★★

ここで伴瀬さんの携帯に電話がかかってきたので中断しますが、まだ終わってないので次回ラストに続きます。
すいませーん!おかわりくださーい! 




伴瀬朝彦インタビュー第三話


お疲れさまです!最終回です!
前回のルーツ話のつづきから、現在伴瀬をとりまく人々のことなども。
最後に河合一尊のインタビュー、映像、ライナーノーツと、もりだくさんになりました。これでもかと。



ーじゃあ大学時代はロックで。

大学時代は音楽より音楽をやってる人に興味がいった。それまでは音楽だけを聴いてたけど、こいつはどういうつもりでやってんだ、という思考になった。
だからブルースもそのころじゃなきゃ入ってこなかったのかも。

ーでは、キーになってる音楽家というのは?

まあトム・ウェイツと。ビートルズは4人個々に影響受けてるよね。
ストーンズのキース・リチャーズでしょ。
セロニアス・モンクは多大に影響受けてるよね。
あとクイーン、、、あと誰がいるだろ。ギタリストはキースじゃない気がしてきた。

ー誰だろ。

楽器で言えばいいか。ピアノだったらモンクが師匠。歌だったらトムウェイツが師匠みたいなもんで。
ベースは漠然としてる。黒人ソウルのベースみたいのがやりたい。俺のベースはギターの延長みたいなもんだからあれだけど、好きなのはそうゆうベース。河合一尊にも多大に影響を受けてる。
あとはエレキギターか。エレキはいっぱいいるな、、、。


(延々と続くことになるため割愛いたします。またいだわりに、すみません。)


ちかくのことをいくつか

ーAlfred Beach Sandalの話とかききたいな。

ビーサン初めてみた時は円盤でアナホールと対バンだったんだけど、すごいのがいんなと思って。
その時はまさか一緒にやると思ってなくて。自己完結型の音楽かなと思ってたからなんだけど、そうじゃなかった。ビーサン自身いろいろやりたいと思ってる人だったし、作用を楽しむ人だったから。

逸話としては、最初にアナホールとやった時(アナホールの5人がそれぞれ一曲づつビーサンに入るという企画)俺だけダメ出しがきた。『中国のシャンプー』にピアノで、個人的には面白い入れ方をしてたんだけど、「そんな現代音楽みたいなのヤダ」って。こいつ言うなあ、と思って。
それでこう何回かやってくうちに良くなって行って。
で、本番はまた新たな方向性で攻撃したら、またダメだって。

ーなんでそういくかな(笑)

そのほうが面白いと思って。
とっかかりがそれだったってのがよかったね。あとは良くなるしかない。
さっきの話だね、最初に出してみて、何がいやなのかを知るっていう。
ビーサンは音楽の根本から常に考えてるみたいなとこあるから。何をしようがってかんじだねある意味。

ーまだまだ二人でやって面白いことできるなってかんじ?

全然できるね。

ー王舟は?

王舟は曲調的に入り易い曲なんだよね全部。どこまで弾かないかみたいなとこにかかってるね。しょうゆラーメンにどんたけしょうゆを入れないか、みたいな。
王舟もここはちょっとみたいなこと言ってくるのよ、すごいひかえめだけど。それは、けっこう、無視したりするんだけど(笑)ちょっといやそうだなーって思ったらそれは、ちょっとづつやめる。

ー(笑)なにその加減。

王舟はバックで底上げをするみたいな。もうやってる音楽はかたちになってるから、あとはどう盛り上げるかみたいなところ。色をつけてあげるかんじ。王舟はルーツがわかりやすい音楽で、やってるものがそれに直結してる。それが好きなカンジの音楽ではある。

歌詞が英詞っぽい(完全な英語詞ではないらしい)けど、最初ちゃんと歌えよっていうか、言葉のっけないのかよと思ったりしたんだけど、バンドサウンドを知ったら、あの声は器楽的要素として聴こえるのがむしろいいのではと思うようになってきて。楽器の一部としての声という聴き方をすればすんなり入って来るんじゃないかと。みんなそんな聴き方をすれば楽しいんじゃないかと思う。

ーすごい!その意見、いいはなし。

(笑)、そういうのもあってコーラスをきかせたい。楽曲のふくらみを出すためのコーラスを増やしたい。王舟バンドでもえちゃん(mmm)がコーラスしてるのはほんと重要。

ーそうだね、もえちゃんの場合は?

もえちゃんは円盤ジャンボリーで初めて観て、そのとき俺なんとなく録音してたのねICで。『外人さん』をやってたんだけど、さいしょの一声でやられた。けどICのメモリが一杯になってて、録音ははじめのフレーズ(外人さん冒頭の静かな部分)だけで終わってたんだけど、そのフレーズだけで充分すばらしくて、最初の一節が入っただけのその音源をずっと聴いてた。

ーそこだけを何回も聴いてたんだ。それはすごい、、。

そのあとにライブ観たときCD買った。今でこそサポートやってるけど、その時は憧れの存在だった。
サポートは俺からやらせてくださいって言って。曲も俺がやりたいのを、こんな感じににやりたいんだけど、って指定して。


ーそうなんだ、やりたいこと最初に言ったんだ。

それは全部オッケーで。練習入ってみたらかなりすんなりはまった。
もえちゃんは声をきいて一瞬で惹かれる魅力があるのもそうだし、曲自体が、作曲能力のセンスが素晴らしい。シンガーとしてだけじゃなくミュージシャンとして才能がある人。サポート能力もあって、楽器の入れ方もすごい。王舟はもえちゃんがバンドに入ってくれてることをもっとありがたいと思うべき。


ー(笑)。松倉(如子)さんとはどういう出逢い?

茶虎食堂で紹介されて、音楽やってるんですよって。最初はそーなんだーくらいに思ってたけど、一度ライブに行ったら、参りました、ってなった(笑)。


ーそれから対バンしたりは?

なかったね。道でたまたま会うとかくらいで、音楽ではとくに交流なかった。三月の穴心で一緒にやることになって初めて。
(2011年3月の伴瀬企画「穴心」、ここでチェンバーが松倉さんのバックを初めてつとめた。)


ーそうだったんだ。意外だな。

是非やりたいと申し出たら、嬉しいですと言ってくれて。


ー 一緒にやるときはどんな感じ?

丸投げですよ丸投げ。演奏まるなげ。

ーでもオッケーでるんだ?だめだしとかない?

なんにもない。

ーすごい信頼感ですね。

もうなんか、音楽じゃなくて人だけみてるみたいなかんじのとこあるね。

ーもっとも根本的な、、、。

そう、根本的なとこ、考えるね。
なんもだめだししないなー。そのぶん一番シビアになる。何も言わないのも怖い。

ー松倉さんのときも、チェンバーはそれぞればっとやるかんじ?

最初に俺がある程度言うけど。
こうゆう感じっていうのを(遠藤、一尊に)伝えて、松倉さんにはそのあと
伴「こうゆう感じになりました。どうですか」
松「いいよー」
伴「わかりました」って

ー(笑)すごい。松倉さんも楽しめてるんでしょうね、それがライブに出てる。

楽しんでるとは思うけどね。
松倉さんは今でこそピアノとか楽器も始めたけど、唄で全部を表現する人で、逆に言うと「唄でしか表現できないという美しさ」がある。第一声で人を動かす力があるし。だからこそ勝さんとか渋谷さんとか、すごい人たちが支えたくなるんだと思う。


シメに近況や心境など


ー九月は立て続けに遠征しましたけど、神戸名古屋ツアー、伴瀬(アナホール)での遠征は久しぶりだったんじゃないですか?

久しぶり過ぎて行ったことないかと思ったもん。ツアーって自分名義じゃ行けないもんと思ってたね、もう。五人の時代なんか(メンバーのスタンスなど状況的に)もう無理だよ、これじゃどこにもいけねえや(泣)と。
(アナホールを解体して)だいぶ解き放たれたよね。
すごい責任ばっか背負ってるみたいな感覚でやってたから、よくわかんなくなっちゃって。

ー最近のライブがいいのはそれが出てるよね。アナホールにとらわれず伴瀬朝彦名義でやりはじめてることで、よくなったんじゃないかと。

もっと自由にやらしてくださいよって、誰に思ってるのかわかんないけど、思ってたんだね。

ーでもそれを指摘されるのはヤだったんじゃないの?(笑)

言われんのはやだったね。それをなんとか上げようとしてんのにってのがあった。
言われたくなかったけど、結果そうだったんだね。

ーそれでもバンドをやめること、ずっと考えてはいた?

自分のやってるバンドだけど、自分の思い通りになってないなって。
もともとの関係性を考えられてなかったのかな。
アナホールクラブバンドを一回やめたことで、バンドってことを改めて考えるものはあった。バンドなんておいそれとやれたもんじゃないよ。

ーで、ツアーのはなしに戻って。

遠征はいいよね。再確認できるね。「遠征してまで!」やるわけだから。
中途半端になっちゃうと疑問がわいちゃう。遠征してまでやることかって思わなくてよかった。より色んな人をまきこむわけだから、まきこんでよかったんだと思えたのは収穫だと。
都内でやってるだけだったらなかなかそういう実感持てない時もあるからね。

ーアルフレッドと三輪二郎と一緒に行きましたよね。

同じ時間を共有するわけだからそんなしゃべんなくても伝わるものは伝わったりするんだけど。でも二郎は破竹の勢いだったね、演奏以外で。その演奏以外の部分をほぼ全部みて、で、あの演奏と思うと全てがしっくりきた。というミュージシャンはほかにいるだろうかと思っちゃったりして。

ー普段の二郎と、音楽が直結していると。

直結してた。すごいなと改めて思いましたね。

ー京都のスキマアワーにも参加しましたよね。

あのイベントも向井秀徳来るしくらいに思ってたけど、向井秀徳が全然気にならなかったのがよかった。まわりの人とか、イベント自体のほうがすごかったから。すいません!生ビールをひとつ。あ、違うや。ウーロンハイをひとつ。

(終)



ばんせインタビューは以上です。最後にホライズン山下宅配便のベーシストでありチェンバーアナホールトリニティのギタリスト、河合一尊さんのお話しを少し、チェンバーのライブ映像、そして高城晶平さんによる『CAT』ライナーノーツをお楽しみいただいて、終わりにします。ありがとうございました!



ー伴瀬インタビュー、ライダーキックからの歴史とか、高校時代の話なんかもしましたよ、、。

【一尊】ああ、前園に似てたからモテたとか?

ー(笑)そういう話しなかったんだよねー!すればよかった。

さぞもてたんでしょう。

ーさぞね。まあいいや、CATのはなしをね、、、(笑)いっそんさんはアナホールではベース、チェンバーではギターですけど、やはりスタンスは変わりますか?

そうですね。アナホールは難しかった。伴瀬の曲はそもそも難しいから。伴瀬が作曲した時点で完成されてるし、歌があってギターのコードが決まってて管も決まってるから、ベースは必然的にやることが決まってくるというか。ギターはうわものだというのもあって自由度がありますよね。

ーなるほど。

チェンバーの三人のよさっていうのは、曲のイメージを共有できつつある、というところかと。”雰囲気”で聴くじゃないですか、人って、音符の配列じゃなくて。だから雰囲気が大事だと思うけど、三人だと雰囲気を作り出せつつあるかと。
イメージが共有されてるとほんとの意味で自由になると思うんです。作った人ひとりがその作ったもののイメージがあるのは当然だけど、それに関わる人が大人数になってもイメージを共有できてるってことは、すごいことになるもんじゃないかと。
三人の強みはそこかと思います。それは僕の主観で、ほかの人はわかんないけど(笑)。

ーいやいや。そういう感覚はほんとに体感してるからこそ言えることだね。

僕にとってはすごくいい体験をしてます、チェンバーをやって。ライブするごとに楽しくなってるし。

ーお客さんの反応もいいと思う。

チェンバーは「聴かそう」というのが根底にあるんですよね。だからもしライブでお客さん少なかったとしても、今そこにいる人に良い曲を当たり前に聴かそう、ということをやり始められたんだと思います。

ーいっそんさんの曲である『01444』も入ってますね。

単純に僕の曲をチェンバーでやってもらえたのは嬉しいです。アンコールでやってもらえたり、大事に扱われてるのも嬉しいし。僕の曲の中であの曲を伴瀬が歌いたいっていったのは意外でしたけど(笑)。

ーあといっそんさんからおすすめの曲などありましたら。

『泳ぐことは困難だ』が個人的に気にいってます。

ー「泥笛」と「CAT」両方に入ってるのはこの曲だけなんですよね。

「泥笛」には大人数でのライブバージョンが収録されてますがチェンバーバージョンではまさに室内楽、という雰囲気です。ぜひ聞き比べてみてください。









ンバーアナホールトリニティ「ボケの唄」
2010.12.31 at mona records
record by VIDEOTAPEMUSIC







チェンバーアナホールトリニティ『CAT』に寄せて 文:高城晶平(cero)


とんちれこーどの高い音楽性の要のひとりである伴瀬朝彦。
彼による新たなユニット、チェンバー アナホール トリニティの素晴らしいCDR作品「CAT」が僕たちのもとに届けられたことにまずは祝杯をあげよう。

伴瀬朝彦の豊かな音楽性は、Joe Henry、Rufus Wainwright、Woody Guthrie、長渕剛、Geoff Muldaur、Tom Waits…と、偉大な音楽家たちに遜色なく符合するものだと僕は思う。前述の音楽家たちには、音楽の泥臭さや古めかしさの奥に煌めく洒脱さや新しさを見いだす嗅覚があった。伴瀬朝彦の独創的な楽曲世界もまた、その嗅覚によって構築されてきたといえるだろう。

とりわけ、彼のリーダーバンド、アナホールクラブバンドの新作「泥笛」は、新旧の楽曲を緊張感溢れるライブレコーディングによってさらにその独創性を極めた傑作であった。ジリジリとした空気感を持った「泥笛」には、伴瀬氏のサムライ的気質というか、一種のデラシネ(根無し草)とでもいうべき魅力が溢れていた。

しかし今回の「CAT」には、まるで温かい我が家を手にしたかのような伴瀬氏のリラックスしたムードを感じずにはいられない。アナホールクラブバンドにも在籍し、片想い、ホライズン山下宅配便でも旧知の仲である遠藤里美、河合一尊。誰が中心になるわけでもない、かといって誰も脇に追いやられることのない、素晴らしく均整のとれたトリニティ・セッション。これがアルバム全体にリラックスした空気感をもたらしていることは、間違いなさそうだ。

* * *

今回のアルバムにおいて僕が一番驚いたのは、6曲目に収録されている「01444」だ。クレジットにもあるように、この楽曲は作詞・作曲ともに河合一尊氏がペンをとっているのである。
(ちなみに、楽曲名「01444」は、圧倒的楽曲数を誇る一尊氏の、1444曲目の楽曲にあたることから名付けられた。万ケタの「0」にこめられた野望にひれ伏すばかり…)
これはワンマンバンド的傾向が比較的強かったアナホールクラブバンドでは、僕の知る限りなかった動きだと思う。このことからもわかるように、チェンバー アナホール トリニティは単に伴瀬朝彦を中心とした小編成などではなく、れっきとした「ユニット」なのである。
余談だが、この「01444」は、一尊氏が初めてソロライブをした際に、サポートとして僕が参加して演奏した思い出深き楽曲。僕の考えたハモリが結構採用されていて、個人的な感慨もひとしおだった…。

* * *

ともあれ、「CAT」は全曲通してどんなシチュエーションにも寄り添う良質なポップミュージックである。
実際、僕の働くbar「roji」でも、今作をかけた時の反応は上々だ。
今まで彼らの音楽に触れることのなかった方々には、ぜひこの機会に手に取ってもらいたい。
素晴らしい三位一体の音楽が、どんな場所でも最高の居心地にしてくれるから。





2011/10/19

名古屋で玉手箱博覧会

ホライズン山下宅配便、行って参りましたKDハポン!玉手箱博覧会を名古屋で開催!
開催してしまったからにはー
やりましたしー!



共演がまたこれ素晴らしかった。

スティーブジャクソンを観られる幸せよ!ハポンに行くと必ずと言っていいほど感極まってしまう瞬間があるのだけど、一発目「ミルクと牛乳」で既にきました。途中モモジさん指つりながらもベースリフってました。あんな曲々を「やってみせてしまう」凄み。と同時にあるバンド感。それをあたりまえに佇立させるスティーブジャクソン。すごいもの観てる!幸せ。

ハポンでは音楽の需要と供給、その循環、が、いちばん理想的にいつのまにかされていると思うんです。ありえぬくらいに、だけども、ありえるのだということなんですね。

などと思いながら、初見のジェット達さん!絶対プロレスだと思ったのにまさかのひとり芝居!結局なんだったのか、あれはひきこまれるということに純粋に意味があるのではなかろうか。達さんの顔だけで心奪われました。たてよこたかさ、ちょっとあとでまっちが真似してさらにくろちゃんが真似していた。



おひさしぶりの紙コップス!うれしいー!ハポンの前に犬小屋が置かれているのを見つけたときにはあがりましたなあ。彼らはほんとに、音楽のエリートですね、まったくあの人たちは。楽しさいっぱい笑いありはとーぜんの前提としてあんないい曲やってしまう。
そして下品さも忘れない!


紙コップスから最高のパスいただきまして、ホライズンさん最後に演奏させていただきました。
名古屋のみなさんにはいつも熱いご声援をいただき、ほんとに名古屋、好きです!
今回は玉手箱博覧会あいうえお選曲のセットリストで。
楽しい準備もしてありてんやわんや。
演奏カッコよかった!いいもの見ましたわ〜。




伴瀬さんが「たまてばこの、きー!」って言った時はひどいと思いました、きー入っとらんがな!
が、紙コップスがいるのにアレをやらないわけがない、ということで「期待」もやらせていただき。完全なお客さんも巻き込みダンサー6人ですか。それにしてもさすが紙コップスの三人、余裕とキレが別格でした。







たまてばこはくらんかいのリスト
たぬきそばのテーマ
魔王のテーマ
点ブレイク
万丈一致のテーマ
コンドルととんでいく
はぼわに
公文式脱退のテーマ
ラテン人
ンドゥールのテーマ
肩で落とすか胸で落とすか
一分牛

たまてばこはくらんかいの「き」
期待

アンコール
厚着のモンプチ


テーマ曲のご用命はホライズン山下宅配便まで。
楽しかったですねー。アンコールの仕込みを振られた時はこの曲でいいのかと不安でいっぱいでしたが、モンプチで間違いなかったと思います!
ホライズンさんはそのままゲルさんとこでレコーディングをさせていただくということで、私はお先に深夜バスで帰京しました。しかしバスでは結局30分くらいしか寝られなかった。名古屋から帰るときはいつも興奮して眠れないのです、、、。ホライズンを聴いてたせいもあるのかもしれない。
この日の録音聴いて、Hoca聴いて、ぴょんぴょんは二巡半してしまったからな。
何回聴いてもいつまでもいくらでも楽しめる。何度目でも、思いもよらない音楽が聴こえるわけです。
名古屋を恋しく思いながら東京に着きました。考えたら先月行ったばっかだったんだな。また名古屋いきたい!呼んでください〜